PR
小学生の息子がディスレクシアで不登校から復学までの実話
息子が小学校1年生のとき、私は彼の違和感に気づきました。
都内の小学校では土曜日に授業参観があり、ある土曜日、国語の授業で黒板の文字を書き写す機会がありました。
しかし、息子はなかなか書き写さず、その様子に少し違和感を覚えました。
そして、小学校2年生の夏休み明けの2学期から不登校が始まりました。
毎朝学校に行く時間になると、息子はお腹が痛いと言い出すようになりました。
私たちはその日も次の日も息子を学校に連れて行きましたが、次第に彼の抵抗感は強まり、保健登校で保健室に入ることさえ嫌がるようになりました。
彼は授業中に教室に入る事を拒み、登校中は校庭や学校内を歩き回ることを選び、その姿を見ると心が痛みました。俺には友達もいないと呟くこともありました…
不登校について調べると、様々な意見がありましたが、「今は無理して学校に行かせない方がいい」という意見が目立ちました。
それを妻に伝えたところあまりよい返答ではありませんでした。 「学校は行くもの、私も働いている、私たちがいない時間子供はどうするの?」 自宅で留守番させるにも、スマホを持たせていつでも親に連絡できる体制や、ホームカメラの設置で家の状況も監視でき、ゲームやスマホも親がリモートで制約できる状況であればある程度小学校2年でも留守番は出来ると思いました。
それを実践するにはまず妻の理解を求める必要があったのですが、身内や近しい人の意見は中々聞いてくれないものです。
そこで第三者の意見も必要と考え、不登校の親の集まりに参加してみる事を考え、少し離れた場所ではありますが、「不登校親の会」なる場所に夫婦で参加しました。 他の地域の親の会ですが、2回ほど参加させて頂き皆さんのお悩みを聞き、私どもの話を聞いてもらった結果、やはり今は学校に無理やり行かせず、「自発的に自分から行動起こすまで見守りましょう」と言うようなアドバイスに落ち着きました。 妻もとりあえずはそれで納得。
その後、学校側から支援の提案があり、知能検査(ウィスク)を受けることになりました。結果は84という境界値で、ギリギリの状態でした。専門のクリニックでもディスレクシアの可能性が示唆され、その後の勉強の苦手にも繋がる可能性があると考えました。
自治体に相談し、支援学級への転校を決断しました。様々な試み(塾や家庭教師など)を経て、最終的には通信教育(スマイルゼミ)に落ち着き、小学校5年生で普通学級に戻ることができました。
この過程で、私は多くを学びました。子供の不登校は甘えや怠けではなく、深刻な問題であることを理解する必要があるということを学びました。
また、様々な選択肢を試みながら解決策を見つけることの重要性も感じました。
彼の不登校や学習障害という困難に対して、自分自身を信じ、前向きな姿勢を持ち続けることが重要だと伝えたいです。
彼はこれまでに様々な困難に直面し、それらを乗り越えてきました。
これからも自分の可能性を信じ、努力を惜しまずに進んでいってほしいと思います。
また、息子には自分の感情や困難を率直に表現し、親とコミュニケーションを取ることの重要性も伝えたいです。彼が何か悩みや不安を抱えている場合、それを共有し、一緒に解決策を見つけることができるでしょう。親子のコミュニケーションは成長にとって不可欠であり、息子が困難を克服し、自己成長するための力になるでしょう。
最後に、息子には自分の強みや興味を見つけ、それを活かして自己実現を果たすことを応援したいです。彼の人生はまだ始まったばかりであり、彼自身が自分の夢や目標に向かって進むことができるよう、親として彼をサポートし続けたいと思います。